2011年04月28日

目覚めた人は、助かります、というお話

目覚めた人は、助かります、というお話やこの大震災で人々の意識が変わる、変容するというお話をよく耳にする。目覚めない人は、助かりませんということですか。死ねということですか。
目覚めた人の基準は何ですか。神と一体になっているひとですか。
仮に目覚めた人がいると仮定して、目覚めた人はそんなに沢山いるのですか。
なんで目覚めた人は、地震、津波、原発を防げなかったのですか。
なんで目覚めた人は、それらを予知して人々を安全な場所に誘導できなかったのですか。

なんでこの大震災で人々の意識が変わるのですか。
原爆の洗礼を受けても意識が変わらなかった日本人が、
なんで懲りずにせっせと原発を作り続けてきた日本人の意識が変わりますか。

posted by 巫山 at 21:18| ディクシャ日記

2011年04月25日

シーベルト シーベルト シーベルト

4月20日夕、雨。若干の医薬品等を積んで、新潟・八海山より南会津に入る。深夜、霧の188号線を一路大内宿の知人宅へ。古(いにしえ)の家屋に泊まる。麻の栽培についての蘊蓄-----。 
21日快晴也、南会津の空はかぎりなく蒼い。
歴史の皮肉か、カルマか、悪魔の杖シーベルトに乗っかって長州賊・管が会津-福島殲滅を図ろうとしている。
福島から人を県外に出すな! 福島を籠城攻めにしろ!と、いち早くガソリンの供給をストップしたのだ。
白虎隊の鮮血が、悪魔の杖シーベルトを真っ赤に染め上げる会津の城壁は堅い。
 ここ会津には原発被害者が大勢避難して来ているという。

車の窓を閉め、マスクをし、エアコンの外気を遮断して磐越道を走る。 
磐梯熱海を少し過ぎると、シーベルトが強くなってくる。目がチカチカする。 
空気が澱んでくる、というより空気が曇ってくる。 
郡山JCTで空が一変する。雲がないのに曇り空なのだ。

点滅ライトを回転させた警察の車列、災害派遣のステッカーを貼った自衛隊の車列が何台も行き交う。 
花弁にべたっと引っ付いたシーベルトを剥がしたいかのように、満開の枝垂れ桜が伴走する。深い沈黙が支配する。

二本松のインターが近づいてきた。聞きに勝るきついシーベルトだ。
二階建ての家屋がちらほら見える。シーベルトの下、ずっと続くであろう普通の生活があるのだ。 
福島西インターでK君と落ち合い、原発の様子を聞く。UFOの基地が遠望できる。そのせいか シーベルトは低かったとのこと。
フルーツ街道を走って次なる訪問地、飯坂に向かう。悄げ返える満開の桜、咲き誇るピンクの桃の花、爛漫たる色彩の横溢------。 
399線が崖崩れのため、通行止めになっており、アーユルヴェーダ薬草園に行けず、福島市内で落ち合う。ここもシーベルトがきつい。 
シーベルト除けのホーリーバジル一鉢運動の打ち合わせを済ます。 
再び、東北道、磐越道と走り、会津のホテルに戻る。痰がぽろっと出る。シーベルトが出た。 
22日小雨。仙台へ。仙台南でS君と落ち合い、名取市へと向かう。30分ほど走ると瓦礫の山が見えてきた。海岸への道は通行止めになっており、誰何される。自衛隊と瓦礫の山以外、人は誰もいない。“本当に”漁船が人家に突っ込んでいる。 



CIMG1648.JPGCIMG1642.JPG 


わりなのか、終わりの始めなのか。2012年に向けて大地は裂け、津波が大きな口を開ける。
太陽は、巨大フレアを爆発させ、地球に電磁波をどっと吐き出す。
電磁波は、アジュナーチャクラから入ってアナハタチャクラに溜まる。そして呼吸器系疾患、心臓疾患にやられる、といわれている。

目覚めた人は、地震、津波、シーベルト、電磁波から護られるという話が一人歩きしている。
目覚めたいがために、そう、死の恐怖から逃れたいがためにお務めに励んでいらっしゃる-------。
分厚い鉛の霊服でも着せてくれるというのか。ギバーは、突撃隊ではなかったのか。
何のことはない。目覚めたいがために、そう、死の恐怖から逃れたいがためにお務めに励んでいらっしゃる-------。
ギバーは、死んでもシーベルトを摑んで離さなかった、のではなかったのか。
帰路の東北道、青くキラリと光るものがフロントガラスの前に落下した。プルトニウムか。

CIMG1641.JPG

posted by 巫山 at 22:07| ディクシャ日記

2011年04月08日

“日本の祈り”の直後に震度6

嘲笑うがごとく、“日本の祈り”の直後に震度6が襲いかかる。何たる無力か、一条の光も届いていないのではないか--------。
ネットなぞでコソコソやってないで、東北現地でやれというメッセージなのか。
現地の瓦礫の上で、崩壊した建物の中で、祈れ。
2011040313430000.jpg
posted by 巫山 at 22:22| ディクシャとは

2011年04月02日

「ギバーだから助かる」は、お止めになされたら。

「ギバーは、津波を避けた、津波はギバーを避けた」などという奇跡談は、お止めにしたいものです。

アンマバガヴァンが仰りたいことは、「あなた方は、ギバーに成ることによって、死生観を変えることができます」ということではないでしょうか。

自分だけは護られると思い、恐れからギバーになり、恐れからディクシャに励み、地震、津波、原発の三位一体を固唾をのんで見ている、というようなことではありません。

ギバーだから津波にさらわれるのです。ギバーだからヒバクシャになるのです。

東北は、覚醒しているが故に大惨事に遭うのです。

逆もまた真なり、です。

posted by 巫山 at 19:38| ディクシャとは