2007年04月23日

ディクシャでぐっすりお休み

 十二月十五日、潜在意識(無意識層)の浄化の第五回目のディクシャである。
 「マインドは潜在意識に支配されています。人生は潜在意識に支配されています。人はマインドを変えることができません」
 マインドの講義が続く。
 「みなさん、体験できましたか。ビジョンがなくても体験はあります。考え方、感情等として体験されます。マインドは恐れからきています。マインドそのものが葛藤です。愛と憎しみという相反する二つの性質を持っているからです。みなさんはマインドをコントロールすることはできませんし、変えることもできません。変えようとする努力そのものが葛藤を生みます。また出て行けと言っても出ていきません。個人の、自分のマインドというものはありません。太古から蓄積されてきた人類共通のワンマインドがあるのみです。恩寵のみがマインドに静謐をもたらします」
 「愛とか慈悲は想いとか考えにあるのではなく、コンシャスネス、つまり意識にあります」
 「変えようとしないで、そのままの自分でいることが悟りを与えられる条件です。マインドのゲームを見ていてください。体験することによりマインドの影響が少なくなります。マインドを二十四時間中目撃できるようになりますと、意識されたマインドとなります」
 「想念は悟った人にも来ますが、マインドの動きは止んでいるためただ想念だけがやって来ます。そこでは想念についてのあれこれの解説はありません。悟りとは、生命そのものを生きることです。対象そのものに成りきることです」 

「マインドは思考層の中にあります。アジュナーチャクラにやって来て、後頭部のビンドゥチャクラから出ていきます。マインドはONE意識です。マインドはすべてに意味づけをします。マインドは流れです。想念のつながった集合体、鉄鎖のリングです。流れはやがて去っていきます。マインドをそのままにしておいてください。痛いところに注意を向ければいろんな感情が沸き出てきます」 

 バガヴァンがマインドを車のクラッチを操作するようにON、OFと切り替え、マインドがONになっているのを見せる。マインド人間の巫山にはマインドを切り替えると、心がどういう状況になるのかさっぱり分からなかった。

 ディクシャ前、シャバ・アーサナになる。
 「アンマ、バガヴァン、今すぐ潜在意識(無意識層)に隠した嫌なもの、表に出したくないものを見せて下さい、体験させて下さい」
 しばらくすると、突然黒っぽいものが胸のあたりに覆い被さるようにやって来て圧を感じた。ディクシャ後、不覚にもぐっすり寝込んでしまった。
 夜七時、バガヴァンのダルシャンがあった。
 質問「私は誰ですか」
 答え「質問そのものがあなたです。質問しなくなればあなたという存在はなくなります」
 「うん、面白いことを言うな、バガヴァンは頭が切れるな」巫山はご満悦であった。

 十二月十七日、「あなたは存在するが、存在しません」という第六回目のディクシャである。
 「あなたの苦しみはあなたの苦しみではありません。ONE苦しみです。自分が存在していると言うことは概念に過ぎません。自分というものはプロセスの集合体であり、あなた自身はプロセスに他なりません」。
 「あなたという実体があるわけではありません。肉体が体験している人格だけがあります。人生の体験を記憶化している人格の集合体があるだけです。もちろん過去生で形成されたものもあります。マインドに貯蔵していたものが一つ一つ出て、形をとったのが人格といえます。人は人格によって自分がそこに存在していると錯覚しています。存在するという感覚が苦しみなのです」
 「あなたはエンプテイ【空】であり、マヤ【幻影】であり、イリュージョン【錯覚】なのです」

 ディクシャ前に、ちらっとアンマとバガヴァンのもとへ入っていったような気がした。ディクシャ後、また、寝かされてしまった。あきらめの気持が頭を持ち上げる。自分には向いていないのではないかとの想いがふつふつと湧いてくる。

 十二月十八日リアリテイの体験の第七回目のディクシャである。
 ダーサジーミナクシーはリアリテイを体験すると、どのようになるかを順を追って簡潔にしゃべった。
 第一にすべての出来事が瞑想になります。そして全宇宙を夢として体験します。第二に物理的な宇宙は絶対でないということ、もう一つの非物理的な世界を体験し、自分が全宇宙となります。次に全宇宙はすべてエンプテイ[空]てあると感じられます。そうしますと、マインドの介入なしに他人と関わることができ、そこには人格は存在しますが、自分という人物はいなくなります。やがて自分の感情は自分のものではなく、自分がない状態、つまり体験する主体がない状態がやって来ます。内も外も静寂な状態が訪れ、歓喜がやって来て愛が湧き出てくる状態になります。
 講義中にダーサジーミナクシーが右腹部に入ってきた。なぜか眉間が長方形の箱になった。
 ディクシャ後、エネルギーは相当きているが、映像がなかなか来ない。今か今かと待っている内にまた、寝かされてしまった。
 グループミーティングでのダーサジーアガスティヤルの言。
 「寝てはいけないと注意するのは間違っています。必要だから、疲れているから寝るのです。寝ていてもプロセスは進んでいます。二十四時間寝ていれば最高です」。
 巫山は何だか悟ったような気分になった。また゛自己チュウ″が頭を持ち上げた。からだの中が空っぽの感覚がする。

十二月十九日第八回目のディクシャ、渇望という苦しみからの解放がテーマである。
 バガヴァン「渇望と願望は違います。それはブッダの言葉を間違って翻訳したからです」。
 ディクシャ前、ピカピカいうフラッシュを十五回以上体験する。ディクシャ後、白い羽織の様なものがふわっとおりてきた。しばらくたって塵収集車の開閉扉のような黒いものが見えて来た。そしてまた、寝かされてしまった。

posted by 巫山 at 10:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説ディクシャ
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