2007年04月13日

アンマとバガヴァンが入ってくる

 四年前の十月、サティア・ローカのサラスヴァティー・ダーサジーのところで、胸に入れてもらったときはもっと静かに入ってきたものだ。
 巫山と木内は仕事の都合でインドに一日遅れでサティア・ローカ着くことになった。
 そのため修養会には参加できず、スエーデン人との合同修養会を横目に見ながら丸一日ゴールデンロックの前に坐していた。巫山の心中は穏やかではなかった。
 「なぜこんなに長く待たせるのか、いつ修養会に参加できるのか、ひょっとすると参加できないのかもしれない」と、ずっとマインドの葛藤が続いていた。
 特訓が始まったのは翌早朝、サラスヴァティー・ダーサジーの居所であった。
 「オーム、サチナンダ、パラアートマー、シュリヴアガバティ、サメーター----」
 シュルムリティを前にダーサジーが謳う。
 午後の陽が長い足を伸ばして部屋いっぱいにヴェールをかける。
 ミニコンポから流れるせせらぎの音、森を吹き抜ける風の音、寂とした旋律の流れが目覚めと眠りの敷居を外す。
 「寝ちゃあだめですよ」
 天界を彷徨う意識が地上に降りてふと眠りが途切れる。
 毎朝三時起きのセッションがずっと続いている。正直言って眠い。それに、土間にマットを引いて毛布をほっかぶりするだけの寝所は寒くてぐっすり眠れないのだ。裸電球が時々停電する昔の小学校の廃校跡である。隣でナンディ氏が高鼾をかいて寝入っている。慣れたものだ。
 ダーサジー「入ったでしょ」「ほら、胸が重くなったでしょ」
 「そういえば、重くなった感じがする」
 「やあ、本当だ重いわ」
 巫山と木内はお互い確かめるように顔を見合わせた。
 巫山は胸中のアンマとバガヴァンが前向きがいいのか、それとも後ろ向きがいいのか、
 ひっくり返したり、また戻したりしていじくり回していた。迷いは今も続いている。

 ダーサジー「人間関係、まず両親との関係をちゃんとすることが悟りの根本ですからね」
 「次に家族関係です」
 巫山「両親がすでに亡くなってしまっているのですが」
 ダーサジー「そういう場合は生前の両親のことを想い出してください。親を憎んでいたらだめですよ」
 「親の身になって考えることです。親が悪いのではありません」
 「親に許しを乞うてください」
 巫山「でも、うちの親父は家族の意見なんぞ全然聞かない専制君主で、黒を白と平然と言いくるめ、気に入らないと暴力を振るうんです。何回も家出をしました」
 巫山は憮然とした顔でダーサジーを見つめる。
 「これではプライバシーもくそもあったもんじゃない。なんで家族のことまで話さなきゃあならないんだ」
 「しかし、親父にもいろいろな事情が、理由があったはずだ」頭の中を相反する想念が飛び交う。
 それからというもの、巫山は仏壇の親父に向かって手を合わせるようになった。
 「親父もいろいろ大変だっただろうな、すまなかったなあ」
 しかし、親父の方が今でも巫山をいまだに許していないような気がする。
 二年ぐらい前に親孝行の積もりで親父の腕時計を嵌めたとき、からだが異常に疲れて体調が悪くなったのを覚えている。
 慌てて腕時計を仏壇にお返した。腕時計は今も幸せそうに親父の遺影の前で時を刻んでいる。
posted by 巫山 at 10:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説ディクシャ
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