2012年01月08日

伊平屋島-アマテラスの天岩戸

伊平屋島のクマヤ洞窟は、アマテラスの天岩戸。写真 2.JPG
posted by 巫山 at 23:05| ディクシャ日記

2011年12月23日

狩俣

炎夏の日


蒼いクンダリニー


狩俣の天空に吹き上げ


アストラルの風大地を揺さぶる


ダダッと砂糖黍が踊い


サシバの蒼い翼がひらりひらりと舞い降りる


鉄の三角地帯が沸々と滾り


やがて宮古の空が降りて蒼く染まる


 


蛇神の子狩俣よ


カンカカリヤよ


ニノファノマキタに狼煙を上げ


2012年のムー大陸に進軍せよ

posted by 巫山 at 02:27| ディクシャ日記

ブッダの教えパート5

目覚めているとか目覚めていないということは、人間の考えである。そんなことは執着なのだ。線引きは無間地獄に陥る。
posted by 巫山 at 01:20| ディクシャ日記

ブッダの教えパート4

焦げるような臭いを伴って頭頂に達する、クンダリニー覚醒はスピリチュアルではなく、全くの物理現象である。クンダリニーが覚醒したからといって、目覚めるとか悟りとは無関係である。
posted by 巫山 at 01:15| ディクシャ日記

ブッダの教えパート3

目覚めた人は、目覚めたとは言わないものだ。金持ちが、金持ちであるとは決して言わないと同じである。
目覚めたいという欲望、つまり、成ろうとする想念を捨てなければ神の扶養家族にはなれない。
posted by 巫山 at 01:07| ディクシャ日記

ブッダの教えパート2

人間には霊性があるはずはない。従って分神霊=分御霊があろうはずはない。
肉が魂=霊を包んでいる云々の教えは、人間の考えである。
なぜなら、神は人間をよりよく生存-人生を送る-させるためのみ肉と精を造られたのである。
神の息吹何ぞどこにもないのが真理なのである。
神の息吹は、神の膝元に入らなければやって来ないのだ。
人間が被創造物であることに気づきなさいと、古代のリシは宣っているのだ。
posted by 巫山 at 00:59| ディクシャ日記

2011年10月07日

セシウム

セシウムよ 


再誕の喜びに破顔せし爾よ


爾は何故(なにゆえ)に


振返るのかわたしを


困惑の翼を拡げて




日々(にちにち)


日々(にちにち)


赤々と舌を出す


フクシマの坩堝


爾の子等


何兆Bq(ベクレル)


世に出でし


黒い雨が止んで


黒い雪がしいんと舞い落ちる


葬列なる列島の冬




爾は何故(なにゆえ)に


振返るのかわたしを


posted by 巫山 at 00:57| ディクシャ日記

2011年09月11日

かくも長き夜の果てに

柩の列島を担ぎて

君は何処へ行くのか

かくも長き夜の果てに


宮古のイビに

五体を折りて祈る

 褥する満蒙の高粱畑

機銃掃射の音なく

空ただ蒼く
さらさらと
頭(かぶり)を振る

地下水が赤々と燃える

メルトアウトの日々
日輪は沈み 
鴉の啼き声なく
陰風が棺衣の裾を捲る

熱い夏の日

咽喉がひとつ

またひとつと

掻き斬られてゆく
かくも長き夜の果てに
 
posted by 巫山 at 00:39| ディクシャ日記

2011年08月31日

格闘する人生に終わりを

悟りたい、目覚めたい、神実現をしたい-----格闘する人生に終わりを。
posted by 巫山 at 00:12| ディクシャ日記

2011年08月17日

蒼い絶望

希望なき瓦礫の山。山河に蒔かれた死の灰。嘘吐き政府、メディア、学者の群れ。人々のからだとこころの被曝。棺列島の新盆。8.15が嗤う。


posted by 巫山 at 00:43| ディクシャ日記

2011年06月22日

繋縛 

狂おしく深奥が悶える繋縛の吾に
夜半の雨がしとしとと情けぶ
吾が魂の蚕糸は綻び 神は何処くんぞ  

この赤き身 ガンガーに沈みしとき
仄白き 懐かしき面影見ゆ




posted by 巫山 at 02:11| ディクシャ日記

2011年05月14日

ホーリーバジル一鉢運動

img119.jpg◉ホーリーバジル=トゥルシーは、古代からインドの寺院や家庭の庭に植えられている聖なる植物です。  
◉ホーリーバジル=トゥルシーは、菜の花やヒマワリのように放射能を吸収するだけではありません。三つの酸素原子からなる酸素の同素体、オゾンを放出して半径200メートル以内の空気を清浄化します。いわば自然の放射能防護服 です。 
◉「ホーリーバジル=トゥルシーは特殊な電気エネルギー持っている」と西洋の科学者たちも認めています。  
◉ホーリーバジル=トゥルシーは、バクテリアを殺し、蚊や害虫を駆除します。ゴキブリを寄せ付けません。 
◉ホーリーバジル=トゥルシーは、外用も内服もでき、優れた薬効があります。 
◎効能 ◎ 
*放射能、水銀汚染などの浄化 *邪気を払う *毒素の排泄 *アレルギー・アトピー性疾患の改善 *ストレスの解消 
【栽培と用途のヒント】 
*種蒔き 5 月から6 月上旬 種は蒔いたままで土は被せなくともよい 
*発芽 1週間〜10 日前後 *乾燥に気を付ける 
*開花 7 月〜10 月(インドでは多年草だが、日本では一年草)必ず種を採取しておく 
*葉も種も丸ごと食べられます。 
*サラダに、お茶に、ゴマ油で煮詰めてタイラ=ハーブオイルに。  
○ホーリーバジルの種子1袋/税込300円 
○本『奇跡のハーブホーリーバジル』税込2625円 
お問い合わせ/出帆新社 soul@shuppansinsha.com
posted by 巫山 at 23:45| ディクシャ日記

2011年04月28日

目覚めた人は、助かります、というお話

目覚めた人は、助かります、というお話やこの大震災で人々の意識が変わる、変容するというお話をよく耳にする。目覚めない人は、助かりませんということですか。死ねということですか。
目覚めた人の基準は何ですか。神と一体になっているひとですか。
仮に目覚めた人がいると仮定して、目覚めた人はそんなに沢山いるのですか。
なんで目覚めた人は、地震、津波、原発を防げなかったのですか。
なんで目覚めた人は、それらを予知して人々を安全な場所に誘導できなかったのですか。

なんでこの大震災で人々の意識が変わるのですか。
原爆の洗礼を受けても意識が変わらなかった日本人が、
なんで懲りずにせっせと原発を作り続けてきた日本人の意識が変わりますか。

posted by 巫山 at 21:18| ディクシャ日記

2011年04月25日

シーベルト シーベルト シーベルト

4月20日夕、雨。若干の医薬品等を積んで、新潟・八海山より南会津に入る。深夜、霧の188号線を一路大内宿の知人宅へ。古(いにしえ)の家屋に泊まる。麻の栽培についての蘊蓄-----。 
21日快晴也、南会津の空はかぎりなく蒼い。
歴史の皮肉か、カルマか、悪魔の杖シーベルトに乗っかって長州賊・管が会津-福島殲滅を図ろうとしている。
福島から人を県外に出すな! 福島を籠城攻めにしろ!と、いち早くガソリンの供給をストップしたのだ。
白虎隊の鮮血が、悪魔の杖シーベルトを真っ赤に染め上げる会津の城壁は堅い。
 ここ会津には原発被害者が大勢避難して来ているという。

車の窓を閉め、マスクをし、エアコンの外気を遮断して磐越道を走る。 
磐梯熱海を少し過ぎると、シーベルトが強くなってくる。目がチカチカする。 
空気が澱んでくる、というより空気が曇ってくる。 
郡山JCTで空が一変する。雲がないのに曇り空なのだ。

点滅ライトを回転させた警察の車列、災害派遣のステッカーを貼った自衛隊の車列が何台も行き交う。 
花弁にべたっと引っ付いたシーベルトを剥がしたいかのように、満開の枝垂れ桜が伴走する。深い沈黙が支配する。

二本松のインターが近づいてきた。聞きに勝るきついシーベルトだ。
二階建ての家屋がちらほら見える。シーベルトの下、ずっと続くであろう普通の生活があるのだ。 
福島西インターでK君と落ち合い、原発の様子を聞く。UFOの基地が遠望できる。そのせいか シーベルトは低かったとのこと。
フルーツ街道を走って次なる訪問地、飯坂に向かう。悄げ返える満開の桜、咲き誇るピンクの桃の花、爛漫たる色彩の横溢------。 
399線が崖崩れのため、通行止めになっており、アーユルヴェーダ薬草園に行けず、福島市内で落ち合う。ここもシーベルトがきつい。 
シーベルト除けのホーリーバジル一鉢運動の打ち合わせを済ます。 
再び、東北道、磐越道と走り、会津のホテルに戻る。痰がぽろっと出る。シーベルトが出た。 
22日小雨。仙台へ。仙台南でS君と落ち合い、名取市へと向かう。30分ほど走ると瓦礫の山が見えてきた。海岸への道は通行止めになっており、誰何される。自衛隊と瓦礫の山以外、人は誰もいない。“本当に”漁船が人家に突っ込んでいる。 



CIMG1648.JPGCIMG1642.JPG 


わりなのか、終わりの始めなのか。2012年に向けて大地は裂け、津波が大きな口を開ける。
太陽は、巨大フレアを爆発させ、地球に電磁波をどっと吐き出す。
電磁波は、アジュナーチャクラから入ってアナハタチャクラに溜まる。そして呼吸器系疾患、心臓疾患にやられる、といわれている。

目覚めた人は、地震、津波、シーベルト、電磁波から護られるという話が一人歩きしている。
目覚めたいがために、そう、死の恐怖から逃れたいがためにお務めに励んでいらっしゃる-------。
分厚い鉛の霊服でも着せてくれるというのか。ギバーは、突撃隊ではなかったのか。
何のことはない。目覚めたいがために、そう、死の恐怖から逃れたいがためにお務めに励んでいらっしゃる-------。
ギバーは、死んでもシーベルトを摑んで離さなかった、のではなかったのか。
帰路の東北道、青くキラリと光るものがフロントガラスの前に落下した。プルトニウムか。

CIMG1641.JPG

posted by 巫山 at 22:07| ディクシャ日記

2010年09月02日

2010年の夏-雨期のインドにて

覚醒は、脳の神経科学的な変化にすぎないヴァガバン

見ることは、解放である。

見る者、聞く者は存在しない。

私は、存在しない。

アンマヴァガバンの蓮華の御足のもとに

**

 

 

posted by 巫山 at 00:49| ディクシャ日記

2009年07月18日

政権交代

政権交代について、到る所で喧騒を耳朶にするが、民主党も所詮元自民党であるという事実は、さておいて
彼らは崩壊しつつあるアンシャンレジームを見てはいない。
まこと、基調は明るい未来への希望的観測に満ち溢れている。曰く、国民の生活を守る、官僚政治を打破する、年金制度を改革するなど。
ここには、一片のニヒリズムもない。時代の転換期には、ニヒリズムこそが新しい世界を創出する。
ニヒリズは、資本主義という欲望の体系を打ち壊して反物質世界を創出するエネルギーとなる。
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2009年06月09日

第7光線と愛

光線は、あらゆる形態に属性を付与し、 大熊座の七星団より放射されて地球に降り注いでいる。
今日、水瓶座の時代に入り 第6光線に代わって第7光線が放射されている。
第7光線とは、儀式の魔術といわれており、アンシャンレジームを崩壊させ新しい秩序を樹立し、物質主義を克服して、人類に霊的生活を喚起させる光線である。それは、今日の世界をみれば明らかであろう。
また、政治的にはあらゆるクループ、党派の融合として、自然界では、各王国、砕いていえば人間界、動物界、植物界、鉱物界の融合として現象化する。
アンシャンレジームの崩壊は、システムのみならず、その中で生きてきた全生物、新秩序に適応出来ないものたちを淘汰する。そこに大いなる意志、サンパルカが働いているのだ。
世上では愛が高らかに謳われているが(曰く、己を愛しなさい、他者を愛しなさい、神は愛である)、サンパルカを見落している。次期の太陽はもうすぐ傍までやってきているのだ。
次期の太陽は、サンパルカの太陽とい称されている。続きを読む
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2009年06月04日

奇妙に静かに眠る艮の金神

 09年5月△△日、特急[丹後ディスカバリー号]は、新緑の山間を這うように登って行った。大粒の雨が車窓を叩き、甲高いブォーという汽笛に雨音が入交じる。やがて大江山連峰が近づいてきた。雨脚は嘘のように消えて、淡い陽光が差し込んできた。
 天橋立駅に着く。道交う人に訊ね、天橋立ビューランドより眺望する。
 棚雲に覆われた丹後の海は、静まり返って、羊水を湛えているようだ。神々が生まれ生(いずる)のが容易に悟得される。
 大本開闢の冠島は朧に浮かんでいるように見えたが、実のところ、目視できたわけではない。カメラに何枚か撮って島影を確認する。
 翌日夕方近く、綾部の本部に礼拝する。艮の金神が、奇妙に静かに眠っているのが感じられる。千世界の建直し、いずくんぞ、未だ秋(とき)来らずか-------。
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2009年02月24日

遠隔ディクシャ-合格祈願の巻-

07年1月、某県立高校第一志望、
「難しい」と言われていた高校に合格。
08年1月、某国立大学工学部第一、第二志望、
見事に合格。
絵馬しかなかった時代から比べると、いい世の中になったものですね。ディクシャは、ありがたいですね。
この世界恐慌は、終わりのはじめと言われているのですが、
零細企業にとっては、つらいプロセスですね。

バガヴァン「世界各国から経済的苦境を抱えてにダルシャンに見える経済人の方に、私はいつもこう言っています。
最悪の事態をイメージしてください。そしてそれを体験してください。そうすれば経済的苦しみはなくなります」

posted by 巫山 at 20:17| Comment(0) | TrackBack(0) | ディクシャ日記

2009年02月07日

遠隔ディクシャ-霊障の巻-

今の住居に引っ越してから体調が勝れないとの方がみえた。
中庭に大きな池があり、お稲荷さんの祠が見える(実際には存在していない)。
オーム、サチダーナンダ、パラアートマー、シュリバガバティ、サメータハー-------。
夕刻、遠隔ディクシャを行う。お稲荷さんが上方に昇っていった。能天気に「供養して成仏したんだ」と思いきや、すぐさま、すざましい反撃を喰らってしまった。
一晩中、激しい嘔吐に見舞われ、胃液も大量に排出し、1週間ばかり体調を崩してしまった。
何のことはない、調子の悪かったその方の胃腸が完治していた。
今もお稲荷さんの大きなケツが見えている。
posted by 巫山 at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | ディクシャ日記